大切にすべき人を大切にする。
簡単なようで、なかなか難しい。
そもそも大切にすべき存在って、誰を指すのか?
私はよく間違ってきたように思う。
最近、大切に想う人たちとの間で、
縁をバージョンUPさせる喜ばしい出来事が続いている。
時を経て、自分とその相手の関係性に突破口となるような出来事が生じ、
拡がる、
深まる、
進化する、
更なる新しい方向性が見えてくる、
というような感じ。
想定外に起こることなので、
驚きに満ちていて、
「出来事」の渦中にいる間は余裕がなくて、
嵐が過ぎ去ってから、
有難い変化が起きている事に気付き、
喜びと感謝で胸がいっぱいになる。
GW前から、そんな有難い日々が続いて、
大事にすべきものが何か、少しわかった気がする。
自分が信じられる人。
自分を信じてくれる人。
頼ってしまう人。
頼られたら精一杯こたえたいと思う人。
そんな存在のために、がんばってゆきたいと
改めて思いました。
簡単なようで、なかなか難しい。
そもそも大切にすべき存在って、誰を指すのか?
私はよく間違ってきたように思う。
最近、大切に想う人たちとの間で、
縁をバージョンUPさせる喜ばしい出来事が続いている。
時を経て、自分とその相手の関係性に突破口となるような出来事が生じ、
拡がる、
深まる、
進化する、
更なる新しい方向性が見えてくる、
というような感じ。
想定外に起こることなので、
驚きに満ちていて、
「出来事」の渦中にいる間は余裕がなくて、
嵐が過ぎ去ってから、
有難い変化が起きている事に気付き、
喜びと感謝で胸がいっぱいになる。
GW前から、そんな有難い日々が続いて、
大事にすべきものが何か、少しわかった気がする。
自分が信じられる人。
自分を信じてくれる人。
頼ってしまう人。
頼られたら精一杯こたえたいと思う人。
そんな存在のために、がんばってゆきたいと
改めて思いました。
筆談ホステスに学ぶhospitality
2009年11月17日 エッセイ
銀座は正に冬の時代。
そんな時代にも左右されない、正真正銘のNo.1ホステスが本を出したそうだ。
なんと、彼女は障害者で、耳が聞こえない。
通常の会話ができない為、接客は筆談で行うという。
↓↓↓
「銀座のNo.1 筆談ホステス」の記事
http://media.yucasee.jp/posts/index/1407/1
===================================================
~いつもとは違う形で満たされたい~
~不慣れな刺激が巻き起こす変化や
~変化から生じる新鮮な心の揺らぎは
~深い癒しそのものなんだろうなぁ。
この記事を読んで、率直にそう思った。
私が子供の頃、まだ手紙の習慣が当たり前にあって、
私は離れて暮らす父に、よく手紙を書いた。
手紙を送ってから返事が届くまでの時間は、
わくわくして、相手がどんな顔をするだろうと、喜んでくれるかなと、
どんな返事が来るかなと、
思いをはせる幸せな時間で、
手紙が届くと嬉しくて、頬が熱くなった。
もう今の時代に、その感覚=間隔は必要ないのだろうか
最近は書いていないけれど、
未だに父とのコミュニケーションは、手紙がいちばんうまく行くように思う。
少々立派なことや、照れくさいことも書けるし、
電話ではごまかしきれない淋しさも、怒りも隠しておけるから。
当時は、
電話は急ぎの用があるときに、
手紙は思いがあるときに、
そういう使い分けがなんとなくあったような気がする。
今日11月17日がお誕生日の友人Y-man.
以前レスが遅すぎると、彼から私を責められたことがあった。
あくまで友人の関係であっても、
極論を言うと相手が男性でも女性でも、
メールを送ってからレスが来るまでの「一時」、
異常に淋しさを感じてしまうという。
淋しい時間が積もり、ついつい責めたくなるらしい。
携帯に出てくれないと疑いたくなること、私にもある。
電波はすぐに届いてしまうから、
物理的な距離がもともと感じられなくて、
「一時」が距離を拡げてる気がする。
分離のプロセスとして感じられてしまう。
~時差は風流
~時差がない障害、ストレス
頭ではいつもどおりを望んでいるつもりでも、
想定外で不足感を与えてくれる刺激を
欲しがる心がきっと誰にもあると思う。
もちろんこのホステスさんは、「筆談だからNo.1」ではない。
筆談は障害ではなく、
いわばキャラであり魅力として機能していて、
楽しみ方の提案としては最高のアプローチとなっている。
けれど、その奥にある彼女の心意気が素晴らしくなくては、
その上に更に日々の努力と心配りを重ねずして
なしえないことだろうと、私は思う。
だからこそ、彼女の記事を読んで、
そんな逆説的な愛の伝え方を敢えてする方が、
これからは効果的なのかも知れないな・・・。
と、ふと思った。。。
~物理的な距離をまず設けることで、距離が近づくプロセスを感じる。
~思いはためることで、重みを増す。
~物理的な距離を置くところから始めることで、
~心の距離感も近づいていく。
Y-man☆お誕生日おめでとう☆
そんな時代にも左右されない、正真正銘のNo.1ホステスが本を出したそうだ。
なんと、彼女は障害者で、耳が聞こえない。
通常の会話ができない為、接客は筆談で行うという。
↓↓↓
「銀座のNo.1 筆談ホステス」の記事
http://media.yucasee.jp/posts/index/1407/1
===================================================
~いつもとは違う形で満たされたい~
~不慣れな刺激が巻き起こす変化や
~変化から生じる新鮮な心の揺らぎは
~深い癒しそのものなんだろうなぁ。
この記事を読んで、率直にそう思った。
私が子供の頃、まだ手紙の習慣が当たり前にあって、
私は離れて暮らす父に、よく手紙を書いた。
手紙を送ってから返事が届くまでの時間は、
わくわくして、相手がどんな顔をするだろうと、喜んでくれるかなと、
どんな返事が来るかなと、
思いをはせる幸せな時間で、
手紙が届くと嬉しくて、頬が熱くなった。
もう今の時代に、その感覚=間隔は必要ないのだろうか
最近は書いていないけれど、
未だに父とのコミュニケーションは、手紙がいちばんうまく行くように思う。
少々立派なことや、照れくさいことも書けるし、
電話ではごまかしきれない淋しさも、怒りも隠しておけるから。
当時は、
電話は急ぎの用があるときに、
手紙は思いがあるときに、
そういう使い分けがなんとなくあったような気がする。
今日11月17日がお誕生日の友人Y-man.
以前レスが遅すぎると、彼から私を責められたことがあった。
あくまで友人の関係であっても、
極論を言うと相手が男性でも女性でも、
メールを送ってからレスが来るまでの「一時」、
異常に淋しさを感じてしまうという。
淋しい時間が積もり、ついつい責めたくなるらしい。
携帯に出てくれないと疑いたくなること、私にもある。
電波はすぐに届いてしまうから、
物理的な距離がもともと感じられなくて、
「一時」が距離を拡げてる気がする。
分離のプロセスとして感じられてしまう。
~時差は風流
~時差がない障害、ストレス
頭ではいつもどおりを望んでいるつもりでも、
想定外で不足感を与えてくれる刺激を
欲しがる心がきっと誰にもあると思う。
もちろんこのホステスさんは、「筆談だからNo.1」ではない。
筆談は障害ではなく、
いわばキャラであり魅力として機能していて、
楽しみ方の提案としては最高のアプローチとなっている。
けれど、その奥にある彼女の心意気が素晴らしくなくては、
その上に更に日々の努力と心配りを重ねずして
なしえないことだろうと、私は思う。
だからこそ、彼女の記事を読んで、
そんな逆説的な愛の伝え方を敢えてする方が、
これからは効果的なのかも知れないな・・・。
と、ふと思った。。。
~物理的な距離をまず設けることで、距離が近づくプロセスを感じる。
~思いはためることで、重みを増す。
~物理的な距離を置くところから始めることで、
~心の距離感も近づいていく。
Y-man☆お誕生日おめでとう☆